自動車って本当に便利のいい乗り物ですよね。よっぽどの悪天候でもない限り、いつでもどこへでも行くことができるという自動車は、毎日の生活の中で欠かすことのできない必需品に違いありません。しかしながら自動車は、一歩あやまると一瞬にして、大勢の人の命を奪ってしまう危険性をはらんでいるため、年齢を重ね、一瞬の判断力や身体能力が低下してくると、いつかは手放さなくてはならないのは避けがたい事実でしょう。遠からず近からず、誰もが向き合わなくてはならない問題です。
ある時、家の近くで車を運転中の父の姿を見たのですが、それが生前3度も暴走事故を起こした向かいのおじいさんと、色も艶も表情も、たいして変わらないことにがく然としたのでした。「むむむ、これはアカン、うちのお父さん、もうハンドル握ってもええ歳とちゃうわ」父の老いに、なんだかさみしい気持ちになりましたが、あと半年、年内で車は卒業してくれよと言いました。恐らく、50年以上も保険を使うような事故を起こしていない父上ですが、ちょこちょことボディに擦り傷をつけて帰ってきます。本人もそろそろ潮時かいなと思ってくれたようで、免許証の返納は次回の更新時にするとして、ひとまず、車の運転はすっぱりとやめてくれました。日本中、事故は毎日起きていますが、高齢者の起こす事故に対しての社会の目は厳しくなる一方です。そしてその目はもちろん身内にも向けられます。お父さんは60年以上も乗り続けてきて、ずいぶん辛かったろうなと思いますが、大きな事故起こしてからでは遅いのです。息子としては、本当にほっとしました。
僕の実家はスーパーも病院も駅も80歳前後の両親にとっては徒歩圏内というには少し厳しい距離になりますが、自転車であれば行けなくもありません。お父さんは自転車に乗れるのでしばらくは大丈夫ですが、問題はお母さんです。この人は車には乗れるのですが、自転車は怖くて乗れません。残り1年ちょっとで次の免許証の更新時期が来るので、母上も、このタイミングで車の運転を卒業しようと思っています。いまさら母上が2輪の自転車に乗れることなど考えもつかない話なのですが、足の良くない母が歩いて買い物というのもまた、考えもつかない話です。
その時に偶然知ったのが4輪電動アシスト自転車「けんきゃくん」です。ところで「けんきゃくん」は一般の自転車屋さんやネットでも取り扱いをしていないようで、製造元の協栄製作所さんに問い合わせたところ、セリオという電動の車いすやカートなどをリース・販売している会社を紹介されました。まずはセリオに連絡し、試乗しなくてはいけないのです。欲しい物はなんでもネットでポチっとすれば、翌日には届くということが日常となった今日、何をいまさらそんな面倒くさいことをさせるのかと言いますと、そこには製造会社である協栄製作所さんの「けんきゃくん」に対する並々ならぬ信念と誇りが込められているからなのです。
まずは試乗です。グーグルなどでけんきゃくんと検索すると、製造会社の協栄製作所のホームページが多分いちばん上に現れます。クリックしてホームページが出てきたら、右上に無料試乗店舗という緑色のポップアップウインドウも表示されていると思います。設定でポップアップウインドウをブロックしている場合は出てこないかもしれませんね。全国けっこうたくさんの代理店があるようです。試乗は予約をしてからのほうがスタッフの方とのやりとりなど、色々とスムーズに運びますので、いくら近くに代理店があっても、まずは電話で予約したほうがいいでしょう。ちなみに僕のお母さんは大阪の石切にあるセリオ大阪東で購入しましたが、このばあさんに売りつけてやろうというような下心を、スタッフの方から終始感じることはなかったそうな。軽い気持ちでは売ってくれなさそうですので、気の弱い人、押しに弱い人でも安心です。アポイントを取ってから後日、スタッフの方が試乗車を持ってきてくれました。まずは本人が家の前で乗ることができるかどうか、おつきあいしてくださるのでした。おそらく試乗の様子が怪しいければ、けんきゃくんではなく電動カートなどを紹介されるのかもしれません。試乗の基本は自宅前ですが、車の往来や前面道路の勾配などの条件によっては別の場所を選ぶそうです。我が実家は特に問題もないので、母上は家の前をスタッフの方にサポートしてもらいながら、休憩をはさみつつ、ぐるぐるぐるぐる回り続けました。アシスト力は3段階の弱・中・強です。母上にも、いわゆる必要にして十分なアシスト力でした。2輪と4輪の乗り心地の違いはあるものの、確かにこの自転車に乗れないようであれば、要介護は近いなあというのが母の感想でした。そして当たり前ですが、自立するので足をつけていなくても、倒れることがありません。自転車の運転で一番危険性の高い走り始めや止まる直前など、バランスを崩してこけてしまいそうな動作の時にでも、全く心配ありません。急勾配で有名な暗峠(くらがりとうげ)を無理矢理Uターンしようとしながらあえてこけようとしない限り、こけられないような安定感でした。この点、3輪自転車は2輪自転車よりは低重心で安定感はあるものの、元々完全な自立を目指したものではないらしく、2輪車よりは気持ち安心程度に考えたほうがいいようです。第2弾の試乗は病院でもスーパーでも、どこでもいいのですが、母上は自転車で移動するなかで、一番遠いであろう最寄り駅にチャレンジすることにしました。
最寄り駅は僕でも歩いて30分近くかかる距離です。朝からスタッフの方が同伴してくださり、駅までの道のりで坂や段差、車の往来などをチェックしながら、母の身体能力にけんきゃくんがふさわしいかどうか、見極めてくれるのでした。母上はけんきゃくんを気に入り、購入を決めました。やはり、スタッフの方から購入をせかされることはありませんでした。受注生産に近いシステムのうえ、お盆期間もはさんでしまいましたが、2~3週間で納車されました。金額はズバリ税込299700円プラス保険代の600円でした。スタッフの方の裁量による値引きは無いんだそうな。ちなみにけんきゃくんに乗れる人は健康と判断されるので、けんきゃくんの購入に介護保険等の補助はないそうです。残念ですね。ですが、納車後の点検もあり4ヶ月の間に2度も訪問してくれました。我々現役世代は、何でも少々の不具合や違和感はネットで調べて自己解決できますし、それでもおさまらないようであれば、カスタマーサポートに連絡します。その際メールのやり取りでも苦になりません。しかし、80歳前後の僕の両親は、ネット前提の対応はまず無理でしょう。高いようですが、なんでも対面、電話で対応してくれるシステムの方が間違いなく安心です。
納車後、新しいもの好きの僕は、さっそくけんきゃくんを乗り回しました。そしてこのけんきゃくんは体力の低下したご高齢の方に「絶対にけがさせないぞ!」という、強い信念にもとづいたスペックになっていることを知ったのでした。なにせスピードがでません。もちろん歩行者よりは早いですよ、体感的には小走りより少し早い程度でしょうか。ふつうの自転車でゆっくり走っているような感覚です。アシスト力は必要にして十分です。ギア比が低速にしかならないように設定されているうえ、スピードを上げる為に必要な変速機をあえて装備からはずしていますから、僕がペダルを超高速回転させても、普通の自転車並みのスピードすら出ません。自転車の多く走る道では、ごぼう抜きならぬ、ごぼう抜かれです。でもそこが一番大切なのです、だから危険性が低くなるのです。スピードがある程度は乗らなければ安定した走行を保ちにくい2輪車は、個人差はあるものの、やはり高齢者向けの乗り物としてはリスクの高さは否めません。
とにかく高齢者は絶対に転倒してはいけません。ちょっと転んだだけで、死んだと同じになりかねないからです。僕のおじさんは自転車に乗っているときに、タクシーと接触し、転んで頭を軽く打ちました。たいしたことがなくてよかったねという状況だったそうなのですが、おじさんはその後徐々に記憶障害が始まり、子供がえりをおこしたまま、亡くなってしまいました。いつもやさしく落ち着いた雰囲気でにこにこしていたおじさんは、京都の人らしく、知的でスタイリッシュで言葉遣いもとても丁寧な人でした。大好きなおじさんでした。自己顕示欲のかたまりでいなかっぺ大将な我が父上と、えらい違いやなあと子供心に思ったものでした。高齢者にとって転倒は即、命取りになりかねないという重大さを、僕はその時に初めて知ったのでした。けんきゃくんはスピードの出し過ぎという諸悪の根源を、はじめから取り除いてしまっている設定なのでした。でも、転倒の恐怖を自覚していない人は、全く物足りないスピードに、イライラしてしまうと思います。しかし、いくらイライラしても車のようにスピードは出せませんから、おとなしくゆっくり走るほかないのです。
ところで今更ながらけんきゃくんは2輪車にはない、4輪車ならではの特性があります。荒れたアスファルト、なめらかなアスファルト、コンクリート、石畳、砂利道と、サスペンションもありませんから、2輪車と比べて4輪車は車輪からの情報量は倍になりますね。路面の状態がハンドルとサドルからダイレクトに伝わってくるのが、とても新鮮です。乗り心地は遊園地のゴーカートに似ていて、カーブする時の横Gがつよく、慣れるまでは怖さがあります。2輪車はハンドルよりも体重移動で曲がっていたということが、よくわかりました。また、道路は水はけの必要性から、形状がかまぼこ型になっていますので、左右の車輪の高さに違いがでてくると重心がとりにくく、やや走りにくさを感じます。2輪車ではまず問題にならないですよね。車道から歩道に上がる時でよくある状況ですが、縁石の段差が2~3CMある場合、斜めに乗り込むと、強くハンドルを取られますので危険です。それは2輪車も同様なのですが、車輪の直径のきわめて小さいけんきゃくんは、そのダメージといいますか、インパクトは大きく受けてしまいます。
ところで移動走行時には安定感抜群のけんきゃくんですが、少なからず注意すべき点もあります。ひとつは駅前や商店街などの、自転車は降りて押しましょうという場面です。けんきゃくんは構造的に押し歩きはできません、どうしても後輪に足を巻き込まれてしまいます。巻き込まれないぐらいにホイールベース(前輪と後輪の間の距離)を伸ばすと、さらに重く取り回しにくくなりそうなので、それは実用的ではなかったのでしょう。屁理屈ではありますが、普通の自転車と違って止まっても立ちゴケしないけんきゃくんは、人混みの中で歩行者を無理に追い越そうとするなどの危険運転をしない限りは、押し歩きするメリットは何も無いので、大人しくみんなと一緒に並んで進んでいれば、周囲の理解も得られるだろうと思います。でも厳密には法律や、政令上はだめだと思います。実は法律上の自転車ではないので、歩道も通行してはいけないんだそうな。
また、普通の自転車と比べ、圧倒的に小回りが効かないうえ重たいので、駐輪時の出し入れは大変です。そもそも狭い空間にお行儀よく同じ方向に並んで止める駅前の駐輪場などとは、かなり相性が悪いと言わざるを得ません。初めからあえて皆が止めなさそうな出入り口から離れた、便利の悪そうな場所を選んだほうが無難でしょう。これも4輪車ならではのデメリットですよね。
もうひとつ、タイヤの空気入れです。車輪の小さなけんきゃくんはバルブとスポークの幅がとても狭く、僕が普段使用している空気入れでは、バルブを挟めませんでした。そこでポンプを買い替えるお金を惜しんだ僕は、ホームセンターで200円程の金属性の注入パーツを、ダイソーではやすりを購入し、細身に削り出して空気入れの先端部分を付け替えると、なんとか挟めるようになりました。車輪の小さな幼児用の自転車にも注入できるポンプであれば、対応できるかもしれません。ですが、けんきゃくん購入時にスタッフの方に聞いてもらうのが確実でしょう。
最後はバッテリーです。諸元表には充電時間2時間程度、一充電当たりの走行距離はエコモードの一般市街地の平坦地で25㎞とありました。まあ普通ですかね。ただ、他の自転車メーカーのように充電器が無く、外したバッテリーに充電プラグを直接差し込む方法をとっています。ちょっとダサいですし、あった方がいいと思いますが、慣れればなんてことはないです。でもあった方がいいですね。あまり関係ないと思いますが、家の外にコンセントがあれば、バッテリーを車体に取り付けたままでも充電することができます。
今回ご紹介のけんきゃくん。いつか車を卒業しなければいけないなあと思いながら、でも普通の自転車には乗れそうもないんだよなあとお悩み中であれば、けんきゃくんはひとつの選択肢として十分なポテンシャルを有しているとおもいます。そして我が母上のようにまだ足腰が大丈夫なうちに、体になじませていくことをお勧めします。人間の運動神経は基本的に上書き保存らしく、一度乗り慣れてしまえば、加齢とともに徐々に体力が落ちてしまっても、なんとか乗り続けられるんだそうな。自動車とは比べものにはなりませんが、自分の力で移動できる期間と距離を少しでも伸ばしていくことは、きっと希望につながります。乗り物というものは、昔は馬がそうであったように、単なる移動手段を超えた、持つ人の行動力を刺激する不思議な道具です。けんきゃくんは良き相棒として、きっと皆さんを下支えしてくれることでしょう。最後までお読みくださり、ありがとうございました。
ところでジモティーや楽天で、安く中古品が買えるみたいです。転売品はアフターサービスの対象外となるそうですが、経験値の高い人はメーカー保証がなんぼのもんじゃい!なんて、自己責任で購入するのも悪くはないとおもいますよ。
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