みなさんこんにちは、オケラです。洗い屋という工務店さん向けの掃除屋をしています。頼まれてもないのに勝手にブルーハーツ愛を語る、第3弾となります。よろしくお願いいたします。若くてかわいい「ヤングアンドプリティ」変な名前ですね。英語のプリティもキュートも日本語ではどちらとも「かわいい」なのですが、カナダ人留学生のナタリー(当時25~6歳)は女子学生達のことをキュートと言い、プリティは使いませんでした。日本語の「かわいい」はキュートが近く、プリティは少しの大人っぽさやフォーマルさなどを含んでいるようです。ブルーハーツのアルバム名はあんまり意味は無いかも知れないですね。明治の大文豪、夏目漱石も小説の題名は全てではないものの適当につけたものが多いらしく、作品名がつまんないので友人だったか編集者だったかが勝手に変えてしまっていたり、弟子に考えさせたり、窓から見えた景色の中の物から選んだりしたそうな。これは高校生の時の変わり者の国語の先生が言っていた話なので真偽の程は定かでありません。僕の大好きなウィキペディアをだらだら探しても、そんなエピソードは見つけられませんでした、すいません。アルバム名の付け方に関してはブルーハーツもこっち寄りの人なのかもしれないですね。
当時中学校2年生だった僕は姉が貸してくれたブルーハーツの1stアルバム「ザ ブルーハーツ」をダビングしたカセットテープを四六時中聞いていたのですが、ある事件が起きました。突然に音が飛び、カセットテープ付近からシャーという異音がするのです。なんじゃらほいとテープを止めて、なぜだか停止とカセットデッキオープンの機能を兼ねたボタンをガシャンと押すとワワワーッとなりました。カセットテープならではのバグ、テープの巻き込みです。銀色のピンとローラーにからまったテープを丁寧にほぐし、よれたテープを整えつつ人差し指でリングを回しながらテープをカセット本体に復旧することに成功しました。我ながらすごい集中力です、自分をほめてあげたい。しかし悲しいかな、また同じところで巻き込みが再発するのです。さすがにあきらめた僕はレコード屋さんからCDショップに変容しつつある駅前のお店に足を運び「ザ ブルーハーツ」と、さらに発売されてからまだ数か月だったらしい「ヤングアンドプリティ」と合わせて贅沢に2枚同時に購入したのでした。どこにそんなお金があったのかわかりませんが、ひょっとしたら母上の財布から足らず分を拝借したのかもしれませんね。ジャケットのヒロトの顔が変なので、レジの店員さんに渡すのが恥ずかしかったです。
スキップラララで家に帰り姉のステレオでテープにダビングしました、姉のとは言っても僕と姉で家業の洗い屋の手伝いを何日かして、父親にとっては二人に買ってあげるというスタンスのはずのものでした。まあ、兄弟のいる方は察しが付くと思いますが、姉は自分専用のものという認識で振る舞い、何故か僕が使う時には姉の許可が必要なのでした。別にいいけど、何やら複雑な気分です。今度は永久保存版だとの覚悟でハイポジションテープよりさらに格上のメタルテープを買ってきたのでした。もちろんノーマルテープとの音質の違いがわかるはずもないし、激安なラジカセに音質の再現能力があるとも思えないのですが、当時の僕の本気度が伝わります。新しいアルバムを手に入れた僕は、また新しい世界を手に入れたような高揚感の中、またもや耳をかっぽじって一曲一曲聴き入ってしまうのでした。
キスしてほしい
始めのマーシーのギターが奏でる「ジャーン」の音にしびれて気絶しそうになりました。生まれて初めて楽器の音がかっこいいと思ったのです。そして、ベースの音、ドラムの音、パーカッションの音を聴き取ろうという意識が働きだしました、演奏を「聴く」努力を開始したのです。このギターは何曲目と何曲目も同じギターを使っているのかな、このアルバムでは何本ぐらいのギターを使い分けているのかな、なんて想像してむふふとほくそ笑むのでした。後年、社会人となり少しだけお金を手にした僕は、ある夢を実現しようとしました。「ジャーン」を再現したかったのです。天王寺の楽器屋さんで安物のエレキギターとアンプ、チューナー、さらにスコアブックを購入し、鼻息荒く家路に着きました。当時はスマホなど影も形もありません、携帯電話も僕の周りには質屋の息子しか持っていない時代です。セルラーやツーカーがだんだんと認知されだしたころでしょうか、iモードもありません。知りたいことは本屋で調べる時代です。ギター入門を片手にまずはチューニング、AとかCとか言われてもわかりません。「ミラレソシミー」とぶつぶつ唱えながら、針がぴょこんと振れるチューナーでなんとか音は合ってきました。記憶が曖昧なのですがコードブックによると最初の「ジャーン」はAとの表記でした。Aは3つ押さえるだけの簡単なコードですので僕はほっとします。いよいよ時は来ました、あの中学生時代に気絶しそうになったあのマーシーの音が自分のものとなるのです。ショップでプレゼントされたインデアンの模様の入ったストラップを肩から下げ、Aのコードを押さえた僕はピックを握りしめて心の中でこう叫びました。「全知全能の音楽の神、マーシーの御霊(みたま)よおー、我が安物ピックに降臨したまえー!」ジャーン!僕はそのまま真後ろに倒れ、笑い転げてしまいました。安物アンプから飛び出してきたジャーンはマーシーのジャーンとは似ても似つかぬ全くでたらめのジャーンだったのです。なぜじゃーっ!誰にも文句はいえません、あまりにおかしくって涙がでてきたほどです。ギターの上手な友達に聞いてみたところ、押さえたフレットを移動させるそうです。色々と探してみたところ、この方の動画が一番僕の伝えたいことを的確に指導されていました。勝手に引用させてもらってすいません。
ずずしいといえばその通りです、マーシーが命懸けで取り組んできた音楽をぽっと出の兄ちゃんがマネできるはずもないですよね。こうして出鼻をくじかれた僕でしたが、ちょいちょいギターを触るうちに音楽的な知識を少しは身につけることができてよかったのです。ですがギターは程なくしてお部屋のインテリアになってしまい、弦もさびさびで不憫なものですから、音楽好きの友達にあげてしまいました。ブルーハーツは簡単でコピーしやすいなんて真に受けてはいけません、どのレベルの人からみたかによります。中学生でもコピーできるなんてもってのほかです、たちの悪い冗談。簡単だからコピーできるのではなく、有能だからコピーできるのです。僕はプレイヤーはあきらめたのでした。
ほんとに長々すいません、やっと本題です。一曲目の「キスしてほしい」は1stアルバムからの流れを引き継いでいる印象、河ちゃんの高音でとても透き通ったコーラスに前作からの違いを感じたのでした。マーシーのギターの音をまん丸いつぶに例えるなら、弦に弾かれたぴかぴか磨かれた形の整ったつぶがスピーカーの中からあふれ出てくるような印象です、うっとり。ヒロトのスキャットというのでしょうか「トゥートゥートゥー」という繰り返しも切なくてたまりません。
はち切れそうだ 飛び出しそうだ
生きているのが 素晴らしすぎる
なんと素敵なんでしょうか、ブルーハーツのラブソングは!僕は野暮ったいさえない中学生のくせに、席替えをするたびに好きな女の子が変わってしまうような惚れっぽい男でした。あつかましいことです。とはいうものの、好きな人がいる時に聴くのとそうでもない時に聴くのと、同じラブソングでも心の充実度はずいぶんと変わってくるものです。好きになるのはただです、ただで充実度が大きく変わるのであれば、惚れっぽい方が断然おとく。いまふうの言い方だと「コスパ最強」な性格でしょう。もちろん恋愛は相手があってのものなので成就できるか否かは別です。恋愛強者の方からしたらおっさんあほかいなと思われましょうが、モテない坊ちゃんはさまざま夢想しながら、少しずつカチカチの劣等感を自己肯定感や希望に変えていったのでした。いい歌の持つ力は本当に計り知れないですね。
ロクデナシⅡ
「なんじゃこりゃ、変な曲やなあ」にやーと笑ったことを思い出します。ジャンルではスカと呼ぶのでしょうか?東京スカパラダイスオーケストラのリズムですよね、2枚CDを持っていました。「んちゃんちゃんちゃんちゃ」というリズムに1stアルバムにはない新しいブルーハーツを感じてわくわくしたものです。そして1stアルバム以上に社会に対して攻撃的で批判的でかなりとげとげしさが前面に出ているためか、このアルバムにはベスト盤に収録される曲が少ない印象です。広くみんなが大好きなブルーハーツではないからでしょう。でも本気で好きなアーティストであれば、自分の中のベスト盤を作っても、普通のベスト盤は何か理由が無ければ聴きませんよね。どういう訳か、何か違う、何か物足りない感じがします。そしてなかなか順位をつけるのは難しいのですが、僕はこの「ヤングアンドプリティ」が一番大好きなアルバムなのです。このとげとげしさがうらやましいからです。
僕の着てる服が 気に入らないんだろ?
僕のやりたいことが 気に入らないんだろ?
僕のしゃべり方が 気に入らないんだろ?
本当は僕のことが うらやましいんだろ?
この曲は不動産屋で門前払いを喰らったマーシーの実体験が元に作られているそうな。マーシーの挑戦的な「本当は僕のことがうらやましいんだろ」は本当は不動産屋のオヤジに象徴された大人たちに向けられた言葉なのでしょうが、当時の僕の胸に突き刺さりました。うらやましいなあ。こんな挑発的な生き方は、到底根性なしの僕には無理だからです。窮屈さを感じる青春時代ではありましたが、ブルーハーツを聴きながら自問自答しつつ、背伸びせずに今の自分にできることは何だろうかと、一生懸命に模索していくのでした。
スクラップ
河ちゃんのかっこいいベースから始まります。当時のブルーハーツファンにとっては最高のプレゼントだったと思いますが、「日清パワーステーション」という公開ライブ録音がFMラジオで放送されました。FM放送のクリアな音源でブルーハーツのライブを聞くことができるなんて、本当にありがたい!日清食品さま、ありがとうございます!そしてその放送予定をいち早くキャッチしていた我がやさしい姉がばっちり録音してくれていて「あんたにあげるよ」とテープを渡してくれたのでした。いい仕事してくれます。そのライブで「スクラップ」が始まる前にヒロトが(ずんどこどこどこ)「さあ」(どこどこどこ)「いきまっしょ」(どこどこ)「スクラップかわちゃん」(べべべべべべべべ‥)という入り方でスタートしていました。ええなあ、楽しそうやなあ!ライブに行きたいなあ!そんな思いを募らせた中学3年生のわたくしでした。
手にしたものを よく見てみれば
望んだものと ぜんぜん違う
しがみつくほど価値もない
そんなものなら いらないよ
ふむふむそうなのか、しがみつきたい程のものでなかったら別にいらなくていいんだな、なるほどそうなんだな。僕はいい言葉を教えてもらったと思いました、気持ちが身軽になって楽になりました。これは恥も外聞も捨てて泣き叫ぶことができるものなのかどうか、今でも僕にとって取捨選択の基準として、もっとも根幹をなす考え方になっております。
ロクデナシ
WOWOWO 生まれからには生きてやる
生まれたからには生きてやる WO!
誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか
「生まれたからには生きてやる」なんと胸のすく言葉なんでしょうか、なんと胸の熱くなる叫びなのでしょうか。この歌詞が大好きで何度も巻き戻して聴いたものです、慣れてくるとちょうどいいところから再生できるんですよね「WOWOWO」のところでのマーシーのギターのジャーンジャーンでテンションあげあげです。このギターの音とキスしてほしいギターの音は同じなのかなと今でも悩んでおります。ライブでは「この星はぐるぐるとまわるー」のところで、、みなさん伸ばした腕をあたまの上でぐるぐる回していました。今思い返せば人生で最も多感で傷つきやすく情緒不安定だった中学2年生~3年生にかけて、いちばん聴き込んだアルバムです。なにしろブルーハーツのアルバムがまだ2枚しか発表されていませんしね。そして僕は徐々にですが自分に自信を持てるようになってきました、何が変わったわけでもありません。心のいちばんの底のあたりで「ありのままでいいじゃないか」と思えるようになったのかもしれません。
ロマンチック
いかな僕でもこの曲はあまり聴かなかったように思います、ははは!
ラインを越えて
とうとう来ました!マーシーが超かっこいいんですよ、マーシーが主人公。初めて聴いた時はマーシーがボーカルもするなんて知らなかったものですから「えっ!?誰これ、違うロックバンドかいな?」とても混乱しました。ヒロトがブルースハープを吹くことも、もちろん知りません。ヒロトもマーシーもこんな隠し技を持ってたんだな、すごいなとわくわくしました。そしてこの曲の中では、みんなマーシーのかっこよさを引き立たせているかのように思えます。梶くんの空気をぱりっと割るような乾いたドラムの音からはじまり、ヒロトのハープが合いの手を打つかのように自然に邪魔せず彩を添えて、しゃがれた声のボーカルのマーシーをあおります。「掛け合い」とでも言うのでしょうか、かっこいい!ブルーハーツのボーカルは間違いなくヒロトなのですが、マーシーのボーカルは脇役におさめられない程の存在感がたっぷりなのです。それと曲の途中で転調というのでしょうか、1曲の中にもう1曲あって贅沢な作りです。「僕がおもちゃの戦車で戦争ごっこをしてたころ」の後のギターの「ギュアーン」となきまくるところがしびれてしまいます。ロックはいいですね。この曲の重要な歌詞のはずなのに、僕にとって意味が解らないところがありましたが、物知りの姉が「ジョニーは戦場へ行った」はアメリカの有名な反戦映画なんだってと教えてくれました。ネットもない時代に姉はどうやってあれ程の情報を集められたのかしらん、おそるべきJKです。「歌ネット」さんでラインを越えての歌詞を確認しているのですが、胸がジーンとなってきて泣きそうになってきました。かっこいいので全部引用しておきます。
色んなことをあきらめて 言い訳ばっかりうまくなり
責任逃れて笑ってりゃ 自由はどんどん遠ざかる
金が物を言う世の中で 爆弾抱えたジェット機が
僕のこの胸を突き抜けて 危ない角度で飛んで行く
満員電車の中 くたびれた顔をして
夕刊フジを読みながら 老いぼれてくのはごめんだ
生きられなかった時間や 生きられなかった場面や
生きられなかった場所とか 口に出せなかった言葉
あの時ああすればもっと 今より幸福だったのか?
あの時ああ言えばもっと 今より幸福だったのか?
机の前に座り 計画を練るだけで
一歩も動かないで 老いぼれてくのはごめんだ
僕がおもちゃの戦車で 戦争ごっこをしてた頃
遠くベトナムの空で 涙も枯れていた
ジョニーは戦場へ行った 僕はどこへ行くんだろ?
真夏の夜明けを握りしめ 何か別の答えを探すよ
誰かが使いこなす ホンネという建前
僕はラインを越えて 確かめたいことがあるよ
おっさんになった今も胸が熱くなるなんて、たまりませんね。ひとつエピソードを。ブルーハーツが曲中に登場する「夕刊フジ」に記事として掲載されました!とブルーハーツのファンクラブ「ブルーハーツ集団」の会報に載っていました。夕刊フジはくたびれたおっさんの象徴?みたいな見出しで、いかにもパンクロッカーなメンバー4人の写真と共に、さらっとブルーハーツの紹介がなされていました。1980年代ですらオレンジ色に白抜きの「夕刊フジ」の題字のフォントがすごくダサくてこっけいだったのを覚えています。夕刊フジは当時の僕の印象では政治経済の時事的なニュースはある程度おさえつつ、憶測記事やゴシップネタ、エロ記事・エロ小説などのいかにもおっさんが喜びそうなネタが豊富で、帰りの満員電車の中、一日の疲れを癒しつつ明日への活力を回復させるおっさんの味方、大衆紙の本家といった感じですかね。広告もみなぎる精力が回復!マムシエキススッポンエキス配合なんてなのが多かったような。紙媒体の全盛期でもありました、今はどうなのかな。でも、自分たちが馬鹿にされているような歌詞になっているのにもかかわらず、結構好意的に記事は結ばれていたようでした。2~3分の曲が多いブルーハーツですがこの曲は6分以上とかなりの長さ、転調の部分があるもののとてもスピード感のある曲なのでストレスなく聴いていられます。そしてどの部分を切り取っても心に残る歌詞が惜しみなく詰め込まれていて、なんともゴージャスな仕上がりです。当時のアルバムでいうところのA面の最後の曲にふさわしい、余韻たっぷりな終わり方にも放心してしまいます。マーシーすごいなーと、うっとりしたものです。
またまた長くなりそうなので、残りは後編でお話させていだだきます。ではでは
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